少しだけ欠けた月が
10月の小さな夜に煌めいた
輝けなくても構わない
照らしてくれる
オーケストラの小夜曲が
タクシーの車内に響いた
立ち止まったっていい
連れ立ってくれる
信じ合う
委ね合う
そしていつか、分かち合う
月が並走していた
目を閉じた
タクシーがスピードを上げた
地下鉄の階段を登っていると
突然、ムスクの香りが漂い
すぐに消えた
振り返っても
優しい曲線を描くなで肩と
壊れそうな小さな背中は
どこにもなかった
あの日
その香りのない道を選んだ
僕が
ラストノートを香ることはない
構わず階段を登り切った
街は仄かに
秋の匂いを纏っていた
空は
吐き捨てられた種無し葡萄の皮みたいな色をしていた
夕刻までいた喫茶店で
TVが昨日の映像を流した
喪服姿の人で溢れていた
レジの傍らに
造花のダリアが咲いていた…
店を出て
ロジェ・ヴァディムの言葉を思い出した
「貧弱な真実より華麗な虚偽を愛する」
もう一度、空を見た
「ぼくらは決して大人を恐れやしないが、大人になった自分に対しては恐れを抱く」
あの夏の終わり
手に取った小説にあった言葉…
僕は二十歳になろうとしていた
あれから
幾重にも夏は秋に染まり
僕は今
何を恐れているのだろう?
答えのないまま
花瓶の中で
ひまわりが黄昏れていた
何処かで花火が鳴った
「ずっと、こんな風に続いていく…」
友人が言った
ウチの店で飲んでいた
「ガキの頃、焼鳥を頂いて、ここでラムネを飲みながら…そう思ったんだ」
もう一度花火が鳴って
消えた
酔い醒ましにと
母に頼んだ
「ラムネを二本」
世界は…
一瞬と永遠で出来ている