2023-03-23 22:30:00

Vol.49『アノハルノヒ…』

1679590380352.png

 

 桜の香りがした。あの日みたいだ。あの日も、同じ香りがした。

 

 読みかけの本を閉じた。目薬を点してから、すっかり冷めきったコーヒーを無理に流し込んだ。

 

 日が暮れかけていた。やっぱり、あの日みたいだ。あの、春の日みたいだ。

 

 

あの春の日…

あのはるのひ…

アノハルノヒ…

 

 

 

桜の香りがした

大きな空の下ではない

 

窓から飛行機を見つめた

 

桜の香りがした

小さな花瓶の淡い花

 

コーヒーを淹れる音がした

 

この今に在るために

奏でなければならない

 

この先を見るために

奏でなければならない

 

サヨナラとアリガトウの間で

例えばメロディを失っても

 

いいんだよ それでいい

想いを囁やけばいい

 

この世界をステージにして

静かに囁やけばいい

 

窓を開けた

春の音が響いていた…

 

 

 

 

黄昏時に染まった

小さな部屋の片隅から

 

終わりを告げるトワイライト

 

黄昏時に染まった

おぼろげに光る瞳には

 

去り行くはずの背中ひとつ

 

その右に在るために

描かなければならない

 

その先を行くために

描かなければならない

 

ゴメンネとアイシテルの間で

例えばモチーフを失っても

 

いいんだよ それでいい

心をなぞればいい

 

この時代をキャンバスにして

優しくなぞればいい

 

窓の外で

春の色が広がっていた…

 

 

 

 

メロディを失っても 何かを失っても

モチーフを失っても 誰かを失っても

 

この世界をステージにして

想いを囁やけばいい

 

この時代をキャンバスにして

心をなぞればいい

 

いいんだよ それでいい

いいんだよ それでいい…

 

 

 

 

ドアを開けた

僕の音が響いていた

 

ドアの外で

僕の色が広がっていた

 

桜の香りがした

黄昏時に染まった…