2023-03-19 22:30:00

Vol.48『100と1つ』Episode.3 fin

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 あとは、送信ボタンをタップするだけだ。

 

 それが、新たな一年を迎えた彼女に、そしてすぐそこに迫った新たな季節に届き、色を失ってしまったこの世界を再び鮮やかに彩ればいい。

 

 相変わらず寒かったけれど、風が何処からか、穏やかな香りを運んで来た。

 

 24時を回った。新しい一日が始まった。もう、迷わなかった。

 

 メッセージを送った。気の利かない言葉を贈った。

 

「どうかしている」声に出して、呟いた。

 

 同じ香りの風がもう一度吹いて、それをかき消した。

 

 もう、春のような気がした………

 

 

 

 

………「無糖のレモンサワーです」店員がすぐに、お酒を運んできた。

 

「まだ居る?」

 

「送って行くことは出来ないんだよね?」

 

「うん」と、彼女は頷いた。

 

「閉店まで居るよ。お陰様でお酒もツマミもたくさんあるから」と、僕は笑った。

 

「ありがとう」と言って、彼女は立ち上がった。

 

 彼女は、シンプルな白いタートルニットとデニムの上から、ダブルブレストのオーバーコートを羽織った。そのキャメル色が綺麗だった。ダークブラウンのストールを首にぶら下げた。

 

「101の1つ目を教えて」と、彼女は言った。

 

「1つ目は…」と僕は言った。

 

「1つ目は?」

 

 届いたばかりのレモンサワーを一口飲んでから、僕は言った。

 

「髪を短くしても…ボブも、似合うところ。僕は君のそんなところが…好きだ」

 

「何それ?それが1つ目?」そう言って、彼女はこの日一番の笑顔を見せた。

 

「でも…」と、彼女は言った。僕のプレゼントを掲げて、「これを付けた姿を見せれるように、また伸ばしちゃうけどね」と笑った。

 

「楽しみにしてるよ」と僕は言った。

 

「あとは、101番目だけでいいわ」

 

「えっ?」

 

「12時を過ぎたら、送ってね」と彼女は言った。

 

「送るって、文字に残すってこと?」

 

「そう」と彼女は頷いた。

 

「それは、恥ずかしいな」

 

「待ってるね」と、彼女はいたずらに笑った。

 

 僕の返事を待たずに、彼女はお財布を出した。僕が首を降ると、少し躊躇しながらそれをしまって、「ご馳走さま」と言って、頭を下げた。

 

「今年も楽しかった。ありがとう。」

 

 そう言って、店を後にした。

 

 

 

 僕の方こそ…僕も楽しかった…そう言う間もなく、彼女の、友人の背中は消えた。

 

 それだけじゃない。伝えたいことはもっとあった。いっぱいあった。ただ、あまりにも時間が足りなかった……

 

 

 

……レモンサワーを飲んだ。残った食べ物も、少しづつ、ゆっくり食べた。

 

 彼女が最後に注文したレモンサワーの二杯目を飲み始めた頃、スマートフォンを出して、空白のメッセージ画面を見つめながら、考え始めた。

 

 一番伝えたいこと。そして、彼女の好きなところ…

 

 色々な言葉が、思いが、おぼろげに浮かんでは消えた。

 

 ただ、決まっていた。本当は、初めから決まっていた。どうしても伝えたい言葉があった。

 

 家を出てくる前に見た、木瓜の花についた蕾を、たった一つの小さな蕾を思い返しながら、ゆっくりと、スクリーンの文字を滑らせた。

 

 

「お客様、そろそろ閉店のお時間となります。」店員が、申し訳なさそうに僕に声をかけた。

 

「わかりました。出ます。」と伝えて、店を見渡すと、客はもう、誰一人いなかった。並んだグラスも、半分残ったミートソーススパゲティも消えていた。

 

 

 

 手元のスマートフォンを見た。23時28分と表示されている。32分後、これを彼女に…34歳になった彼女に…

 

「どうかしている」と、口に出しそうになった。

 

 小さなスクリーンに、“101”という数字と共に、小さな文字が踊った。

 

「春を連れて来てくれそうなところ。」

 

 

 

 残りのレモンサワーを飲み干した。無糖と言われたけれど、なんだかほのかに、甘かった。

 

 新しい季節の味がした。