2023-03-04 22:30:00

Vol.45『枯れない花』

1677947566808.png

 

 子供の頃唄った歌が口を伝ってしまいそうな程に、色鮮やかなチューリップが花屋の前を賑やかしていた。サクラ色のフラペチーノを手に持つ人の姿が、一人、二人と…向かいのカフェのウィンドウから覗いた。

 

 誘惑を断ち切って横切り、エスカレーターに急いだ。昇りながら、ボタニカル柄のチュニックを着たマネキンが目に入り、やがて反対側のエスカレーターに隠れて消えた。

 

 通い慣れた地元の駅ビルも、すっかり春だった。

 

 

 季節は巡り、時は流れる…何かが生まれ、何かが消える。変わりゆく毎日を生きる。それが、僕達が受け入れ続けなければならないルールだ。

 

 ただ、時に、ルールを越えて、変わらないものもある。もちろん、永遠ではないにせよ………

 

 

 

 

………今日の午前中、地元の駅ビルに用事があって、身支度をしようとしていた。

 

 ただ、エアドッグの調子が悪いから見てくれと家族に頼まれ、取扱説明書を渡された。

 

 それを読みながら、再起動したり、フィルターのチェックをしたりしていると、上着のポケットでスマートフォンが震えた。

 

 友人からお礼のメッセージが届いていた。

 

 

 今日は、彼の誕生日だった。この前後一週間ほどは、家族以外の僕にとって大切な人達の誕生日が続き、少しだけ忙しない。

 

 彼には今朝、ちょっとしたBirthdayメッセージと、LINEギフトで千疋屋のフルーツタルトを贈った。

 

 年齢を重ねると共に、お互いに誕生日当日やその近辺は予定があるので、ここ数年はそんな感じで誕生日当日を祝い、少し落ち着いた後日、一席設けているのだけれど…

 

 その今日のお礼の後に、もう一つメッセージが続いていた。

 

「言い忘れていて申し訳ないけれど、五月の土曜日、一日空けてくれないか?」と、そうあった。

 

 

 数年前に閉店した地元の伊勢丹の跡地に出来た商業施設の中に、著名な和食料理人の味と技を受け継ぐという会席料理のお店が、二月にオープンしたのだけれど…

 

 なんでも、彼がそのお店に行ってみようと思い、予約開始日早々にリザーブしようとしたところ、土曜日は五月まで埋まっていたそうで、仕方なく最短の土曜日に席を取ったとのことだった。

 

 そして、その店に行く相手を僕に頼みたいとのことだ。まぁ、その昔、“和の鉄人”と称された有名和食料理人と比べるのはおこがましいのだろうけれど、一応、和食料理人の息子ということで…

 

 地元では話題になっていたし、銀座の本丸に比べればリーズナブルだ。ただ、既に伺ったというSNSの大切なフォロワーさんは、何だか曇りがちなコメントだったけれど…まぁ、ものは試しにということで、行ってみようかと…

 

 

 それにしても、早回しのようなサイクルに、何だか辟易としてしまう。

 

 その会席料理の店の前は、やはり著名な方がプロデュースしたという肉割烹店が営業していた。雑誌等々でも話題で、やはり予約が取れない店だった。ただ、閉店した後、期間限定で復活し、また閉店した…。その商業施設の入口付近にあるアジアンティーのカフェも一度閉店し、またこの二月に復活オープンした…

 

 もちろん、時代も世界も、街も人も、季節のように巡り、時のように流れ、繰り返しながら、変わりながら、形作られるものなのだろうけれど…なんだか辟易と…

 

 

 

 何はともあれ…エアドッグも調子を取り戻し、友人にオーケーの返信を済まそうとした時、ふと、棚の何か赤いものが目に入った。

 

 真っ赤な薔薇のボトルフラワーだった。

 

 枯れない花だ。

 

 ドライ加工をして密閉している分、プリザーブドフラワーより、“枯れない”花だ。10年以上変わらないものも、多々あるようだ。

 

 いつからこの棚に咲いているだろう。この花を買った店はもうない。前述した伊勢丹の花屋で買ったものだ。

 

 ドライ加工され、ボトルに詰められた花を、“枯れない”とは、おかしいのかもしれない。

 

 ただ、購入したデパートも花屋も無くなり、季節が幾度と巡り、幾年の時が流れても、それは咲いている。何より、美しかった…

 

 

 とりあえず、友人にオーケーのメッセージを送った。

 

 毎年、三月が、春が訪れてすぐに祝う友人の誕生日。形や方法は変われど、それ自体が変わることはない。

 

 摂理や当たり前というルールを越えて、時に、変わらないものがある…

 

 

「さぁ…」

 

 そろそろ、支度をして出かけよう。

 

 巡りながらあり続ける、変わりながらあり続ける街に。おそらくそこは、新しい季節に、春に、包まれているだろう。

 

 もちろんそれも、永遠ではない。この真っ赤な薔薇のように。この枯れない花のように。