『FRAGILE』fin.
(『FRAGILE』Vol.2からの続き…)
二月の夜空と戯れるように、小さな風が吹いては消えた。それを少し遅れて真似るように、窓が時折り、微かな音を立てた。
部屋で一人、僕はもう何も考えられなくなっていた。頭が自分のものではないように痛んだ。
涙が溢れそうになった。泣きたくてたまらなかった。でも、泣かなかった。絶対に泣かなかった。
どうしようもなくなって、彼女からもらったチョコレートの包みを開けた。
箱の中で、赤に覆われた大きなハートの周りを、ピンクに覆われた小さなハートが囲んでいた。
手紙が添えられていた。
何度も読んだ。何度も何度も読んだ。この世界に、こんなに美しく、こんなに素敵な言葉があったなんて…そう驚いた。
そして、僕にとっては、見たこともない輝きを放つピンク色を、慎重に口に運んだ。
すぐに溶けた。甘かった。どこまでも、甘かった。
そして、しょっぱかった。苦いでも、ホロ苦いでもなく、少ししょっぱかった。何故だかそんな気がした。
確かに、また涙が溢れそうになったけれど、必死に堪えていた。泣いていない。そして、口の中を切ったわけでもない。
それでも、そのハートは、どこまでも甘く、そして少ししょっぱい…そんな気がした。
今度は、大きな赤いハートを一口かじった。やはり、どこまでも甘く、何故かしょっぱく感じた。
それが口に溶け、胸に、体に沁みるのを感じながら、僕は目の前にあった彼女の笑顔を思い返した。
もう、こらえきれなかった。涙がゆっくりと頬を伝った…
……と、昔々そんなことがあった。ただ、何年経っても、その日のことを明確に覚えている。そして、2月14日…バレンタインデーの度に、何故だか必ず、思い出してしまう。甘く、しょっぱい思い出として。
彼女とは、中学を卒業して以来、一度も会っていない。一度だけ偶然に、地元のレンタルDVD屋さんで見かけたことがあるだけだ。ただ、彼女は必ず幸せな日々を送っていることだろう。そういう女の子…いや、そういう人だった。
いずれにしても、まだ、FRAGILE(=取扱い注意)というステッカーが、僕のあちこちに貼られていた頃の話だ…
……さてさて、昨日は、春の陽気だった。
4月中旬から5月上旬の気温だったそうで、東京でも20℃を超えたところもあったそうだ。そして、九州や四国では、春一番が吹いたとのことだ。
今日のように、また、寒さが訪れるけれど、段々と春が近付いている。
春…終わりと始まりの季節だ。
新しい季節が、そこに吹く風が、少しづつ何かを消し去っていく。そして、何かを運んで来る。ただ、無くならないものもある…
戴き物のチョコレートを一つ口に入れた。すぐに甘みが広がり、すぐに溶けて無くなった。
でも、その甘さが何かに変わって…僕の何処かに溶け込んだ。僕の何処かに沁み込んだ。
その取り扱い方を、僕は知らない。ただそれは、僕の何処かにあり続けるだろう。