『甘い一日』
いたずらな冬の雨が、右肩を濡らした。冷たく、重く、濡らした。小さな傘が、遠い距離が、もどかしい。でも、それでいい。この肩だけが、いくらだって濡れればいい…
いつの時代も、男なら?そんなふうに思える時が必ずある。なんて…
……今日は、雨の一日だった。週初めの月曜日からあいにくの天気というのは、やはりちょっとだけ、憂鬱な気分になる。
風も少しだけあって、どんなに慎重に傘を差していても、歩けば歩くほど、雨はコートの黒をより色濃くした。
気分の晴れないまま、全ての用事を済ませた。もう、家に戻るだけなのだけれど、なんだか少し憂さ晴らしがしたかった。何より、コーヒーでも飲んで、暖まりたかった。
お気に入りの喫茶店でゆっくりするほどの時間は無かった。
それならばと、昨日行ったコーヒーショップに立ち寄る事にした…
……昨日より遅い時間とはいえ、週初めの月曜日だというのに、夕刻前の日曜日よりも、店は混んでいた。
昨日の昼下がりは暖かく、やけに喉が乾いていたので、久しぶりにアイスコーヒーを飲んだけれど、今日はもちろん、ホットコーヒーをオーダーした。昨日とは違う、外が覗ける席に座った。
今日は、日経の朝刊は休刊日だったので、電子版の夕刊にざっと目を通した。コーヒーは思った以上に僕を暖め、そして少し気分を晴らしてくれた。
イスタンブールからの記事を読み、次の記事に目を通し始めた時だった。少し大きな声がした。「大丈夫」と聞こえたような気がした。
目をやると、空席を一つ挟んだ隣の席に、制服姿の二人の女子高生が座っていた。
一人の女の子が、向かいに座る女の子のアッシュグレージュの髪の毛を触りながら言った。
「世界で一番かわいい」
そして、二人は店を後にした。
もう一度、記事を読もうとした時に、ふと日付けが目に入った。
そうだった。明日は2月14日だった。
新聞のアプリを閉じて、天気予報を見た。
冷めてしまったコーヒーを飲み干し、僕も店を出た…
……明日はバレンタインデー。世界で一番かわいい女性達が、世界で一番大切な誰かに、世界で一番甘い想いを伝える。
色とりどりの想いが伝わり、結ばれ、暖まればいい。
予報では、この街は明日、晴れて日差しが届くとのことだ。どうやら、この街の男の右肩が濡れることはなさそうだ。
週初めの月曜日、この街は雨の一日だった。ただ、明けて火曜日は、どこまでも甘い一日になるかもしれない。なんて…