『明るいもの』
氷が音を立てた。軽やかな音だ。そして僕は、何かを見た。何だろう?わからなかった。ただ、それは明るかった。明るいものだった。例えば、ほんの微かでも、この先を照らすような…明るいものだった。
グラスの中でもう一度、氷が音を立てた…
先週の休日は、友人と焼肉屋でウィスキーを飲んだ。
親友…そう呼ぶのも少し気恥ずかしいけれど、一般的に、そう呼ぶのが適当な、この地元の友人とお酒を飲む際には、焼肉屋に足を運ぶことが多くなった。
突然に、“今日、飲まないか?”なんて具合に、どちらからともなく誘ったりする場合は別だけれど、予め約束をしている際は、けっこうな頻度で、地元の決まった焼肉屋を友人が予約してくれている。
この数年、いや、正確にはこの約三年程…つまり、このニューノーマルを、いわゆる新しい日常を生きるようになってからのことだ。
どうしてたろう?
当初、換気的に焼肉屋は安全云々と…まことしやかに囁かれていたことを鵜呑みにしたのかもしれない。
年齢的に、糖質よりも上質な脂質とタンパク質を接種した方が…そんな健康面やボディメイクを意識したのかもしれない。
いや、どうだろう…
最初のきっかけはだけは、はっきりしている。僕達がお互いに好んで飲むウィスキー、イチローズモルトが置いてあるということを、友人が何かで知り、いつもそれを飲むのは決まった中華料理屋ばかりなので、たまには…ということで、足を運んだのが始まりだ。
いずれにしても、正直なところ、僕は焼肉があまり得意ではなかった。付き合いを除けば、自分で食べにいこうとしたり、人を誘ったりしたことは、それまで一度もなかった。友人も、同じだった。
それが今では…
おそらく、その時、僕達が求めていたのは、とてもシンプルなイメージだ。
元気や活力であったり、ある種の強さであったり…焼肉というものがもたらす、その明るくポジティブなイメージだ。
僕達は、それを求め、それを味わい、今なお、それに魅せられている。その明るいものに、委ねている。
もちろん、今では、焼肉自体をとても美味しく頂いているのだけれど…
「大変申し訳ございません。イチローズモルトの方が、安定して入荷出来ない状況になりまして…取り扱いを休止させて頂いております。」
店員の女性が、本当に申し訳なさそうに、そう事情を説明してくれた。
まるで問題ないと、お互いに伝え、彼は白州を、僕は山崎をハイボールで頼んだ。本当にもう、問題なかった。
その日は、長ネギがたくさん乗ったサラダを食べ、アボカドチャンジャを韓国海苔で巻いて食べた。友人はにんにくオイル焼きを食べ、僕はクリームチーズの味噌漬けをつまんだ。
肉は、全て塩で焼き、好みのタレでゆっくりと食べた。お互いに、白州と山崎を交互に、やはりゆっくりと飲んだ。
友人と僕の間で立ち上る煙が、すぐに吸い込まれて消える刹那、彼のいつも通りの穏やかな顔の先に、何かを見た。何か、明るいものを見た。
何だろう?分からない…今はまだ、分からない…ただ、それに望みたい。それに希を持っていたい。元気に、活き活きと、そして強く…
「なぁ、それ焼けてるぞ」僕の面倒な想いを掻き消すように、友人が言った。
焼けたばかりの“トモサンカク”を、僕は一口で食べた。適度な脂がほどけ、旨味がサッと広がり、やがて、深いコクが溢れた。
ウィスキーを一口飲んだ…もう一口、飲んだ。グラスの中で氷が軽やかに踊った。
それが白州でも山崎でも…もう、どちらでも良かった