『RED』
くるぶし丈のブーツを履き終え、バックを小脇に抱えて奥様が立ち上がると、ご主人は「美味しかったよ」と言ってくれた。そして「待っていたから」と笑った。奥様も優しく微笑んだ。
奥様のアンクルブーツとクラッチバッグは、鮮やかな赤色だった。ご主人の頬は、ほのかに赤かった…
昨日、当店は本年最初の営業日を迎えた。今年はたまたま、正月に多くの予定が立て込んでいたため、元々、市場の初荷が過ぎ、松の内が明けてからの営業と、例年より遅い開始予定だった。そこに急な所用が重なって、結局、1月も中頃となった昨日、ようやく暖簾を掲げることができた。
それでも、待っていてくれるお客様がいる。そして昨日は、SNSでも「待ってました」とコメントをお寄せ頂いた、大切なフォロワー様がいる。心より感謝したい。
その御心を知ってか知らずか、開店前日から、ひどく静かな緊張感が、大将からも女将からも漂っていた。二人にとっては、四十数回目となる新年初営業日だ。それでも、仕込みの手はずを整え、黙って包丁を研ぐ大将からも、新年の花を飾り、黙ってグラスを磨く女将からも、単純に365分の1ではない、特別な一日としての緊張感が漂っていた…
そして初営業日…昨日は、僕の幼馴染みとそのご両親も、足を運んでくれた。彼等が食事を済ませ、店をあとにするのを見送った後に、ちょうど、文頭の常連様の「美味しかったよ」と「待っていたから」を、耳にすることができた。
そして、目にすることが…いや、感じることができた。
奥様のブーツとバッグよりも、ご主人の頬よりも、高揚感と嬉しさで、どこまでも強く赤く染まった、大将と女将の胸の奥を…感じることができた。
今、確かなことが一つある。店を開くこと四十数年目となるこの2023年も、暖簾を掲げる限り、その赤色は、決して絶えることはない。
※ 表題の写真は、当該文章とは関係性がなく、撮り溜めた画像をランダムに使用しただけとなります。ご容赦お願い致します。