2022-12-12 22:30:00

『12月の花火』

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 氷だけになったグラスが水滴で滲んだ。「花火でもやりたいな」と彼が言った。聞き覚えのあるビリー・ブラッグの歌が微かに漏れた。大きく息を吐き出すようにゆっくりと、「冗談だよ」と言って、彼は笑った。溶けかけの氷が音を立てた。

 

 明日の天気予報を見ていたら、大学時代の友人から電話があった。声を聞くのは久しぶりだった。時計はまだ、22時を回っていなかった。

 

「結局、4人だけだ」と残念そうに彼は言った。

 

 先月の終わり頃、彼から連絡があり、今年は久しぶりに忘年会でもやろうと誘われた。大学時代の仲間の、いつもの8人に声をかけると言っていた。

 

「つい三年前までは、なんだかんだで、毎年、ほとんど全員が集まったのにな」と彼は言った。

 

「仕方ないさ」と僕が言った。グラスに注いだ冷たい烏龍茶を一息で飲んだ。

 

 本当に仕方ないと思った。そして、慣れてしまっていた。些細なことから特別なことまで、僕達はこの数年、あらゆる“仕方ない”で埋め尽くされた日常を生きてきた。

 

「4人しかいないんだし、何か珍しいことでもしようぜ」

 

「例えば?」

 

「そうだな…」と彼は言った。「花火でもやりたいな」

 

 大学を卒業して3、4年が経った頃だと思う。その年は何故だか、友人の一人が住む神奈川の平塚で忘年会をした。

 

 今にして思えば、社会人にもなって、ただのはた迷惑な酔っ払いでしかないのだけれど…二軒目のあとに、全員で夜の砂浜に行った。知らない間に誰かがビールと花火を買ってきていた。誰からともなく花火に火を灯し、何も考えずに、ただはしゃぎまくった。そして、気が済んだのか、酔っ払い過ぎたのか、最後は全員で、静かに海で夜を明かした。

 

「冗談だよ」と彼が笑った。

 

 今までと変わったのは、世界や当たり前の日常だけではない。何より、僕たちなのだろう。

 

 世界や日常は形を変えながらも、失ったものを取り戻すだろう。僕達はそうではない。そうではないけれど…

 

 あの日、花火の光は刹那に消えた。でも…

 

 電話の切り際に「なぁ、覚えてるよな」とだけ、彼は言った。

 

「もちろんさ」

 

 ビリー・ブラッグは、もう聞こえなかった。氷がほとんど溶けていた。

 

 でも、何かが残っている。何かが光っている。

 

 

 

※ 表題の写真は、当該文章とは関係性がなく、撮り溜めた画像をランダムに使用しただけとなります。ご容赦お願い致します。