『12月の花火』
氷だけになったグラスが水滴で滲んだ。「花火でもやりたいな」と彼が言った。聞き覚えのあるビリー・ブラッグの歌が微かに漏れた。大きく息を吐き出すようにゆっくりと、「冗談だよ」と言って、彼は笑った。溶けかけの氷が音を立てた。
明日の天気予報を見ていたら、大学時代の友人から電話があった。声を聞くのは久しぶりだった。時計はまだ、22時を回っていなかった。
「結局、4人だけだ」と残念そうに彼は言った。
先月の終わり頃、彼から連絡があり、今年は久しぶりに忘年会でもやろうと誘われた。大学時代の仲間の、いつもの8人に声をかけると言っていた。
「つい三年前までは、なんだかんだで、毎年、ほとんど全員が集まったのにな」と彼は言った。
「仕方ないさ」と僕が言った。グラスに注いだ冷たい烏龍茶を一息で飲んだ。
本当に仕方ないと思った。そして、慣れてしまっていた。些細なことから特別なことまで、僕達はこの数年、あらゆる“仕方ない”で埋め尽くされた日常を生きてきた。
「4人しかいないんだし、何か珍しいことでもしようぜ」
「例えば?」
「そうだな…」と彼は言った。「花火でもやりたいな」
大学を卒業して3、4年が経った頃だと思う。その年は何故だか、友人の一人が住む神奈川の平塚で忘年会をした。
今にして思えば、社会人にもなって、ただのはた迷惑な酔っ払いでしかないのだけれど…二軒目のあとに、全員で夜の砂浜に行った。知らない間に誰かがビールと花火を買ってきていた。誰からともなく花火に火を灯し、何も考えずに、ただはしゃぎまくった。そして、気が済んだのか、酔っ払い過ぎたのか、最後は全員で、静かに海で夜を明かした。
「冗談だよ」と彼が笑った。
今までと変わったのは、世界や当たり前の日常だけではない。何より、僕たちなのだろう。
世界や日常は形を変えながらも、失ったものを取り戻すだろう。僕達はそうではない。そうではないけれど…
あの日、花火の光は刹那に消えた。でも…
電話の切り際に「なぁ、覚えてるよな」とだけ、彼は言った。
「もちろんさ」
ビリー・ブラッグは、もう聞こえなかった。氷がほとんど溶けていた。
でも、何かが残っている。何かが光っている。
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