2022-12-10 22:30:00

『ささやかな冬の華』

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 ささやかな“冬の華”に、どうしてだか落ち着いた。地元の人がSNSに投稿しているのを何度か見かけたけれど、カメラのレンズを向ける人も、今日はいなかった。申し訳ないけれど、少し笑ってしまった…

 

 今日は、来週に迫った旅行に持っていくバックを用意しようと、表参道に出かけた。

 

 手持ちの物でも良いのたけれど、“ニューノーマル”が始まってから初めての…久しぶりの旅行なので…新しいものが欲しくなった。

 

 ただ、旅行と言っても一泊だし、気心の知れた友人との二人だけの旅なので、荷物も必要最低限のものしか持っていかない。それに見合うサイズのバックを探したかった。

 

 都合良く、簡単に見つかるものかな?なんて、少し危惧していたのだけれど…お目当てのものは、意外とあっさり見つかった。

 

 とりあえず…と、好きなブランドのお店に入ると、パッと目に入ったものが気になって、手に取らせてもらった。元々の好みとして、カラーはブラック一択なので、あとはサイズ感と、中の細部を幾つか確認して…即決した。

 

 ただ、「他にお探しものは?…」と店員さんに聞かれ、何気なく見回し、やはりパッと目に入ったレザーグローブに、心奪われた。試しにはめさせて貰うと、心地良くフィットし、腕時計の邪魔もせず、すっかり気に入った。

 

「新しいバッグを持つ手には、新しい手袋がしっくりくる…」なんて、根拠のない論理で自分の背中を押して、衝動買いをしてしまった。

 

 このままうろちょろしていると、旅行前に無駄な出費がかさんでしまいそうなので…欲しかった本と頼まれていたお菓子だけを買って、お茶もせずに表参道を後にした。

 

 帰りの千代田線は乗客もまばらだった。スマートフォンで夕刊を読んでいると、『冬の華、SDGsで』という記事が目に留まった。

 

 イルミネーションを“冬の華”と称したその記事は、電力量の抑制やボタニカルライトなど、最近ではイルミネーションにも環境配慮の取り組みが広がっていることを伝えていた。

 

 六本木ヒルズのイルミネーションについても記事にあった。そう言えば…六本木ではなく、表参道ヒルズでの買い物だったけれど、日没の少し前に街を離れたので、まだイルミネーションが輝いてもいなかったことを思い出した。

 

 少しウトウトしながら、電車に揺られて…気付いた頃には、微かに開いた目に見慣れた建物や景色が広がり、地元の駅に着いていた。

 

 さすがに喉が乾いていた。風が冷たかったけれど、アイスコーヒーが飲みたくなって喫茶店に向かおうとした。日が落ちて、すっかり暗くなった夜空に、少しだけ欠けた月が輝いたていた。

 

 ただ、当たり前のように、もう一つの輝きが目に入った。

 

 この冬、何度も目にした駅前広場のイルミネーションだった。

 

 数多あるイルミネーションの中でも、屈指の知名度を誇る表参道のそれから、電車一本で、少しうたた寝をしている間に着いてしまう駅のイルミネーションは…この駅のイルミネーションは…ひどくささやかなものだ。

 

 どうしてだか、街の名前を光でかたどるという独特のユーモアに?センスに?正直、首を傾げる人が少なくないらしいのだけれど…僕には微笑ましく、ニヤけてしまう。

 

 そして、不覚にも?落ち着いた気分になる…

 

 来週、新しいバックを新しい手袋で持った僕は、旅の帰りに、おそらくもう一度、このイルミネーションを見るだろう。そしておそらく、同じように落ち着いた気分になるのだろう。

 

 何か違うものを求めて、人は自分の街を出る。そして、同じものを求めて、人は自分の街に戻る。

 

 寒い冬空のもと、僕が何所にいても、この街に戻れるように、帰れるように、ささやかながらも、それは“冬の華”を咲かせてくれているのかもしれない。