『一つ先の駅』
歩道いっぱいにイチョウの落ち葉が敷かれていた。その鮮やかな黄色に足を取られないように注意しながら、一人並木通りを歩いた。少しかしこまった靴を履いて来てしまい、後悔した。
ただ、通りを抜けて駅前に出ると、歩きやすさに促されるように、少し気分が変わった。昨日よりいくらか陽気が良かったのも相まって、電車に乗らずに、歩き続けた。
今日は朝から、あまり歓迎できない連絡や出来事が幾つか重なって、天候とは裏腹に、晴れやかな気分にはなれずにいた。
大将に、辣油を買ってきて欲しいと頼まれていて、時々、担担麺を食べに寄る中華屋さんに来たのだけれど、中途半端な時間になってしまったところに、曇った心持ちが上塗りされて、何もいただかずに辣油だけ買って店を出た。そして一人並木通りを歩いて、駅に戻っているところだった。
その中華屋さんは、担担麺がとても美味しく、地元では評判の店で、昼時には列が出来ている。大将と僕は、担担麺もさることながら、レジの横で瓶詰めで売られている香り高い辣油が好きで、来店の度に買って帰っていた。
春先はよく、大将がその辣油と筍で、ピリ辛の穂先メンマを作ってくれる。これがまた、いいアテになり、紹興酒はもちろん、ビールやハイボールがすすむ。冬には何を作るのだろう。まぁ、何かしら美味しいアイデアが浮かんだのかもしれない。
その辣油を二瓶持ちながら、久しぶりに歩く、一つ先の駅への道は新鮮だった。様変わりとまでは言わないけれど、何軒か店が変わっていて、何軒か店が閉まったままだった。
昔は頻繁に歩いた道だった。本当によく歩いた。楽しい思いだけでなく、少しだけ胃がジリジリとすることや、胸の奥の方が騒がしかったことも、踏みしめるこのアスファルトに溶け込んでいる。
先程までとは打って変わって足が軽くなった気がした。心なしか、アップルミュージックでランダムに流す音楽は、アップテンポの曲が増えて、辣油をぶる下げた袋も、大きく揺れた。
何度か行ったことのある美味しい鉄板焼き屋さんを越えて、混み合う携帯ショップを横切り、横断歩道の前で止まった。傍らにあった、ボリューム満点のラーメン屋さんが、お洒落なジェラート屋さんに変わっていた。
信号が変わり、横断歩道を左折した。駅前のロータリーに差し掛かった。真っ直ぐ進み続ければば、春には600本の桜が咲き誇るさくら通りに抜けるのだけれど…
袋を強く握った。筍の穂先メンマに、桜…
始まったばかりのこの冬に、気が早すぎると叱られるかもしれないけれど、歩いてきた一つ先の駅への道のりが、一つ先の季節に続いているような気がした。
後ろ髪を引かれながらも、真っ直ぐ進まずに、駅へと向かった。
すっかり日が暮れていて、ホームを吹き抜ける風は、確かに12月のそれだった。
そして、いつもの電車に揺られた。耳元から、ベースの音が物足りない、静かなバラードが流れた。袋の中で、瓶がカチカチとぶつかった。