『冬の夜』
駅のホームから覗く冬の夜空には、笑顔一つ無かった。なるべく無感情を装って、でも丁寧に、一定のリズムで冷たい雨を落としていた。
僕は駅の中にある小さなコンビニエンスストアで、買い物を済ました。少し後ろめたかったけれど、ビニール袋をお願いして、頼まれていたペットボトルの濃いめのお茶とノンアルコールのウエットティッシュと単二の電池と、そして何となく手に取った当たり障りの無さそうなビターチョコレートを入れてもらった。
ひどく冷えてきた。マフラーを顎先まで引き上げた。腕時計を見ると、まだ十分に時間はあった。「単二の電池なんて何に使うんだろう?」そう、ぼんやりと考えながら、いつもの道を歩いた。
空は、相変わらずだった。
家までもう少しというところで、傘も差さずにペダルを漕ぐ若い男の子の自転車が、すれ違いざまに、僕のコートの左袖と手に持つビニール袋を濡らした。
ハンカチでコートに飛んだ水しぶきを払った。袋の中は濡れていなかった。
マフラーを巻き直して、もう一度、空を見た。足元も見て、辺りも見回して、道の先を見つめた。
ただ雨が降るだけの、どこにでもある冬の夜だった。何の意味も持たない、どこにでもある冬の夜だった。
それでも、人によっては、少なくとも僕にとっては、大きな意味を持つ、とても重要な夜になる。もちろん、まるで不要な夜だと言う人もいるだろう。それは人によって異なる。例えば、単二の電池が必要な人もいれば、そうでない人もいるように。
家に着いて、濡れたコートを脱いだ。部屋の中でも、一定のリズムで雨音が聞こえる。ただ、このリズムのまま時が流れ続ければ…もう間もなくだ。もう間もなく、高らかに笛が吹かれ、どこにでもある冬の夜が、人によっては、僕にとっては、重要な夜の始まりとなる。
そして、最後に長い笛が吹かれた時、それは、どこにもなかった、見たこともなかった、特別な夜になっているかもしれない。
ビターチョコレートを一口噛んだ。まるで苦くない。むしろ…甘かった。